人種差別的として7枚のカードを禁止にした件について
2020年6月12日 MTG現在、話題になっている表題の件について私見を書きたいと思います。
私は非常に憤慨しています。
例え自分の有するカードが禁止になろうと、遊んでいるフォーマットが歪な環境になろうとも、これほどに憤慨したことはありません。
(ウィザーズちゃんとしろよー、くらいの愚痴は割と言ってる気もしますが)
無論、人種差別的なカードが存在したことに憤慨しているのではありません。
これらのカードを人種差別的であると認め、無かったことにしようとする姿勢に対してです。
ハッキリ言います。
許されざる暴挙です。
文化の破壊行為と言っても良いでしょう。
MTGの世界は言わずもがなファンタジーです。
ファンタジー世界の礎に、現実社会が存在することは確かにあります。
ですからMTGの世界観に、かつて行われていた人種差別的要素が形を変えて含まれている可能性は否定しません。
ですが、それは「過去の事実」を踏襲しているに過ぎず、それを賛美するものでも推奨するものでもありません。
日本には「ヤマタノオロチ退治」の有名な話があります。
多くの創作の題材にもなっています。
この物語、当時の朝廷が地方を平定する話を化け物退治に比喩したものとも言われています。
今回のような暴挙が認められてしまった場合、
「ヤマタノオロチ退治の物語は、侵略行為を美化し賞賛するものだから不適切だ」と言われ、今後それを題材とした創作物が規制される恐れすらあります。
現に、既にアメリカでは「風と共に去りぬ」という有名な映画作品が、当時の社会情勢が奴隷制度を容認しているから不適切だと批判を受けました。
配信会社も「注釈などを入れずに配信するのは不適当」と認めて配信を止めています。
――実に愚かしいでしょう。
「現実に存在した社会情勢」を織り込んだだけで不適当だと言われるんです。
人種差別は許されざる行為です。
現在のアメリカの騒動の発端に関しても、例え相手が犯罪者であろうとも裁判もせずに殺害する権利は無く、批判が集まることに異論はありません。
(まるで殺された人が聖人君子で、何もしていないのに殺されたかのような扱いには首を傾げますが)
しかし、「人種差別だ」という言葉を免罪符にし、自分の気に入らないものを排斥しようとする。
このような行為は決して許されません。
このような行為は人種差別への抗議ではありません。寧ろ、差別抗議に対する冒涜であるとすらいえます。
そして、そんな横暴に屈してしまうこともまた同罪です。
だいたい、過去のカードに難癖付けてくるような人間は、例え該当カードを使用禁止にしたところで「カードを作った事実は変わらない」と難癖をつけるでしょう。
ネット上には「今のアメリカの情勢を考えれば仕方ない。会社や社員を守る為」と言う人もいますが、正直言って何の自衛手段にもなっていません。
寧ろ「過去のカードが人種差別的である」と認めたことによって、攻撃を受ける口実を作ったとさえ言えるでしょう。
私は非常に憤慨しています。
例え自分の有するカードが禁止になろうと、遊んでいるフォーマットが歪な環境になろうとも、これほどに憤慨したことはありません。
(ウィザーズちゃんとしろよー、くらいの愚痴は割と言ってる気もしますが)
無論、人種差別的なカードが存在したことに憤慨しているのではありません。
これらのカードを人種差別的であると認め、無かったことにしようとする姿勢に対してです。
ハッキリ言います。
許されざる暴挙です。
文化の破壊行為と言っても良いでしょう。
MTGの世界は言わずもがなファンタジーです。
ファンタジー世界の礎に、現実社会が存在することは確かにあります。
ですからMTGの世界観に、かつて行われていた人種差別的要素が形を変えて含まれている可能性は否定しません。
ですが、それは「過去の事実」を踏襲しているに過ぎず、それを賛美するものでも推奨するものでもありません。
日本には「ヤマタノオロチ退治」の有名な話があります。
多くの創作の題材にもなっています。
この物語、当時の朝廷が地方を平定する話を化け物退治に比喩したものとも言われています。
今回のような暴挙が認められてしまった場合、
「ヤマタノオロチ退治の物語は、侵略行為を美化し賞賛するものだから不適切だ」と言われ、今後それを題材とした創作物が規制される恐れすらあります。
現に、既にアメリカでは「風と共に去りぬ」という有名な映画作品が、当時の社会情勢が奴隷制度を容認しているから不適切だと批判を受けました。
配信会社も「注釈などを入れずに配信するのは不適当」と認めて配信を止めています。
――実に愚かしいでしょう。
「現実に存在した社会情勢」を織り込んだだけで不適当だと言われるんです。
人種差別は許されざる行為です。
現在のアメリカの騒動の発端に関しても、例え相手が犯罪者であろうとも裁判もせずに殺害する権利は無く、批判が集まることに異論はありません。
(まるで殺された人が聖人君子で、何もしていないのに殺されたかのような扱いには首を傾げますが)
しかし、「人種差別だ」という言葉を免罪符にし、自分の気に入らないものを排斥しようとする。
このような行為は決して許されません。
このような行為は人種差別への抗議ではありません。寧ろ、差別抗議に対する冒涜であるとすらいえます。
そして、そんな横暴に屈してしまうこともまた同罪です。
だいたい、過去のカードに難癖付けてくるような人間は、例え該当カードを使用禁止にしたところで「カードを作った事実は変わらない」と難癖をつけるでしょう。
ネット上には「今のアメリカの情勢を考えれば仕方ない。会社や社員を守る為」と言う人もいますが、正直言って何の自衛手段にもなっていません。
寧ろ「過去のカードが人種差別的である」と認めたことによって、攻撃を受ける口実を作ったとさえ言えるでしょう。
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